日本人の名前がついた病気はいくつかありますが、なかでも橋本病はもっとも有名です。
橋本策(はかる)博士が明治45年にドイツの医学誌にはじめて発表しました。
橋本博士が単独でみつけたので、他の呼び名として慢性甲状腺炎(Chronic thyroiditis) という堅苦しいものがあるにはありますが、世界中の医師がこの病気のことをHashimoto’s disease、つまり橋本病とよんでいます。
1990年に、ニューヨーク州の小さな町で開かれた甲状腺の学会に出席しました。コーヒーブレークの時に、私がアメリカ人の医師との会話の中で慢性甲状腺炎(chronic thyroiditis)という言葉をつかったところ「なぜ橋本病といわないのか。なによりもあなたは日本人ではないか。私は慢性甲状腺炎などという病名はあまり好きではない」といわれました。
橋本病はバセドウ病と同じく、自己免疫という異常な反応によっておこる病気ですが、自己免疫がなぜおこるのかの原因はいまだに不明です。 橋本病は、発症頻度が高い病気です。 圧倒的に女性に多く(男性の10倍)、女性の10から20人にひとりはもっています。ちなみに毎年2月になると悩まされる人が多い花粉症は、地域によって異なりますがおおむね3から5人に1人の頻度です。
橋本病では初期には甲状腺が腫れることが多いのですが、かなり大きくなっていても本人が気づいていないこともあります。腫れは甲状腺に慢性の炎症がおこっているためで、たいていはゆっくりと痛みもなく本人の知らないうちに進みます。橋本病では、自己免疫によってつくられる甲状腺に対する抗体が甲状腺を少しずつ破壊してゆきます。個人差が大きいですが、しだいに甲状腺の働きが悪くなり、その結果甲状腺ホルモンが足りない状態になってきます。
人によっては出産後に甲状腺の働きが悪くなったり、炎症の起こった甲状腺から甲状腺ホルモンが漏れてくるために甲状腺機能亢進症状がでたりすることもあります。
同じ橋本病であってもその程度はさまざまです。ほとんど治療の必要もない状態が30年以上も続くものから、ただちに治療をしないと命にかかわる粘液水腫性昏睡まであります。ただし粘液水腫は非常にまれな状態です。
2000年に京都で開かれた国際甲状腺学会の折に、私が主催した集会で、橋本策博士のご子息で、当時金沢大学医学部衛生学教室の橋本和夫博士にご講演いただきました。 国際甲状腺連盟(TFI)の機関誌にそのときの記録をまとめました。
(赤須文人著 甲状腺の病気とつきあうQ&A 講談社より/一部著者改編)

